種ヒャンの亜種に関する分類学的再検討

 コブラ科といえば、キングコブラやマンバ、アマガサヘビ、タイパン、ウミヘビなど、ヘビ界きっての危険地帯として有名ですが、中には危険性の比較的低い、おとなしい種も存在します。実は琉球列島には、このおとなしいコブラの仲間が分布しています。ヒャン Sinomicrurus japonicusは、中琉球に固有の種で、美しい色彩が特徴の小型種です。色彩の顕著な地理的変異を根拠として、3つの亜種が認められてきました。奄美大島とその周辺離島に固有の亜種ヒャン S. j. japonicus、徳之島と沖縄島、周辺離島に固有のハイ S. j. boettgeri、久米島や慶良間諸島の一部、伊江島に固有のクメジマハイ S. j. takaraiです。

 

 種と異なり、亜種には明確な定義がなく、必ずしも記載で何らかの基準を満たす必要がありません。元々は、別種とまではいかないけれど、ちょっと新種っぽい標本を他と分けるためのメモ書きとして亜種は使われ始めました。進化という概念がまだ登場する以前の話です。ダーウィン以降、進化の概念が生物学に導入されると、亜種は種分化の初期ステージとして認識され始めます。“新種に至る途中の進化学的単位”が存在するであろうことは直感的にも受け入れられやすく、一時、亜種は大流行しました。しかしながら、よくよく考えると、“種分化の初期ステージ”であることを証明するのは、未来の情報(新種に至るという証拠)が手に入らない限り不可能です。ただ、“真の分類体系”なんてものは存在しませんので、証明の必要はありませんが、初期ステージであること示す何らかの状況証拠くらいは欲しいです。状況証拠がどういったものかは分類群によって異なりますが、これを見つけるのはそう簡単ではありません。
 亜種が実は非常に悩ましい分類階級であることが理解され始め、現在では、“メモ書き亜種”や“初期ステージ亜種”は進化生物学的枠組みの中で再検討され始め、たいていは別種か同種かの二者択一の線引きがなされました。しかしながら、直前に亜種が大流行してしまったこともあり、その当時残された膨大な亜種に関する再検討は現在でも十分ではありません。こういった事情から、今日私たちが図鑑などで目にする亜種は、“メモ書き”程度の亜種から、“初期ステージ”である根拠がある程度示されている、よく検討された上で認められている亜種まで、実に様々です。
 亜種階級一般にはこうした背景がありますが、今回、中琉球のヒャンの3亜種について、形態・分子データに基づいた分類学的再検討を行いました。この3亜種は、形態学的データに基づいてよく検討された上で認められている類の亜種でしたが、mtDNA・nuDNAに基づく分子系統解析の結果、ハイは他の2亜種の祖先型である側系統群であることがわかりました。亜種ヒャンはハイから一回生じている単系統群で、クメジマハイは、ハイから二回生じている多系統群でした。判別形質となっている色彩の地理的変異を定量的に分析したところハイとクメジマハイは実際には連続的な実態であることが示唆されました。このように系統発生史上で色彩の進化が何度も生じている一方で、大きな遺伝的分化を示しながらもハイの形態形質をよく保存している島集団も複数発見されました。一連の結果からは、クメジマハイはハイのシノニムであるという結論が導かれます。
 残るヒャンとハイに亜種階級を適用することの妥当性に関して、ヒャンとハイは形態的に明確に区別されるものの、ヘビ類の種分類の際に一般によく用いられる形質(腹板数)が依然として連続的な変異を示すことや、ハイが側系統群であることを考慮し、保守的に亜種階級を適用し続けるのが妥当と判断しました。

 

mtDNAクレードの系統関係と分布

量的に評価した形態形質の島別ヒストグラム


 

 種か亜種どちらがより適当か、という問題となると、しばしば分類学者本人の科学哲学に基づく議論が展開されます。この論文は、そういった面で執筆に苦労しましたが、結果的にすんなりと受理され、とてもほっとしました。


詳細につきましては以下の文献をご参照ください。

Kaito T., Ota H., Toda M. (2017) The evolutionary history and taxonomic reevaluation of the Japanese coral snake, Sinomicrurus japonicus (Serpentes, Elapidae), endemic to the Ryukyu Archipelago, Japan, by use of molecular and morphological analyses. Journal of Zoological Systematics and Evolutionary Research. Vol.55 No.2: 156–166.